2012年4月7日土曜日
ワインのある風景
ワインのある風景です。ブンタンと赤ワインで玄関が華やかになりました。
ワインという呼び名は最近のことのようで少し古い小説や随筆では葡萄酒が一般的で、なじみも薄かったようです。そんなエピソードを示す随筆を紹介します。
「食べたり君よ」(古川緑波著)より
谷崎先生と葡萄酒
これも日本ゴキゲンなりし昔のこと。
谷崎潤一郎先生が、兵庫県の岡本に住んで居られた頃である。
今や越境後、ソヴィエットの何処かに健在なりときく岡田嘉子――この頃日活の大スターたりし岡田嘉子である――と共に、雑誌の用で、僕は先生のお宅を訪れたことがある。
要件が済んで、先生が「これから大阪へ出て、何か食おうじゃないか」と、誘って下さって、岡本から大阪へ出た。
「何を食おう?」
「何が食いたい?」
結局、宗右衛門町の本みやけへ行って、牛肉のヘット焼を食おうということに話が定って、円タクを拾って乗る。
谷崎先生は、円タクを途中で止めて、「一寸待ってて呉れ」と、北浜の、サムボアという酒場へ寄り、「赤い葡萄酒一本」と命じて、やがて葡萄酒の壜を持って来られた。
そして、――思い出す、それは暑い日だった。――本みやけへ着くと、すぐ風呂へ入り、みんな裸になって――岡田嘉子を除く――ヘット焼の鍋を囲んだ。
赤葡萄酒を抜いて、血のしたたるような肉を食い、葡萄酒を飲んだ。
その時である。
牛肉には赤葡萄酒。
ということを、僕が覚えたのは。