2011年9月24日土曜日

稲刈り終わる














稲刈りが終わったあとの風景です。台風15号が通過後、急に寒くなりました。


今日のNHKラジオあさいちばんの週刊辛口コラムで、ジャーナリスト園田矢さんが、政治家の日本語について興味深い話題を語っていました。

日本政府が戦争責任を認め謝罪した文章を発表した時のこと、その文章に謝罪の意味が含まれていないとしてニューヨークタイムズか下記のような論評をしたそうです。

「日本語には謝罪という言葉はないのではないか。日本人は、日常的に『ごめんなさい』、『すみません』というが、その言葉にsorryという意味はないのではないか。日本では、こうした言葉は関係を円滑にするために使う社交辞令で、謝罪の意味は含まれていない。」と皮肉ったとのことです。

つまり、謝罪したはずの文章が謝罪になっておらず、かえって誤解を与えているというのです。

北京で後に総理大臣となる代議士が記者会見した時のことです。中国人記者が騒ぎだし、通訳を代えるように要求したのだそうです。

なぜなら、その代議士の語っている内容がさっぱり理解できなかったので、通訳が誤訳をしているためだと勘違いしたためです。ところが、通訳の翻訳は正確であることが分かり、中国人記者たちは驚いたそうです。言語明瞭意味不明だったのです。

言質をとられないように意味不明にして責任を負わない政治家の言葉という内容の放送でした。


自分たちの責任を逃れるために文章をこねくりまわし、つまらなくしてしまうことは日常的です。船頭が多いほど何が何だか分からなくなってしまいます。

その結果、自分たちの組織内は安泰ですが、伝えるべき相手には全く通じないことになってしまいます。それだけならまだ良いのですが、相手に誤解を与えてしまうこともあります。そんな文章ならむしろ出さない方がかえって良い場合が少なくありません。